会社員を辞めて10年、私がたどり着いたこと。

起業して満10年

途中で法人を作ったりもしているので何を何年やっているか分からなくなる時もありますが
2020年12月12日で個人事業を始めて満10年を迎えました。

ここしかない。これしかない。

10年前、終電で帰れたら御の字の生活を続けていたら
あっけなく身体もメンタルも壊し会社を辞めました。
シングルマザーだから
子供たち二人を養うためには働かなければならない。
頑張れば頑張るほど子どもたちの傍にいられない。
いったい何のために私はやってるのかなぁ・・。そう思うと会社員に戻りたいとは思えませんでした。

子育てしながらキャリアを積んでいく女性のロールモデルもなくて
起業は「逃げ」だったのかもしれません。

それでも開業届けを出したときには退路をたち
覚悟を決めたつもりではいました。

肩書きと必殺技

覚悟がパワーになれば良かったんですけど
退路をたつと自分の視野が狭くなっちゃって
常に追われている気持ちになり

仕事を得られなかったり失ったりすれば
世の中から必要とされてないと感じ

周りの人たちの華やかな姿を見れば嫉妬し
肩書きや必殺技が欲しくて仕方ないこともありました。

中小でマーケ的な事は必要とされんよなと思うこともありました。

開業したころから私の名刺に書いてある肩書「販促プランナー」は
会社員のころ名刺に書かれてた「デザイナー・販促プランナー」を
そのまま使用しているものです。

何をする人なのか分からないよとアドバイスいただいて
やる仕事を絞ることを考えたり
分かりやすい肩書きを考えたりもしました。

ブランディングだけを売ろうと思ったり
人前で話すの苦手なのにセミナーしたり
何度も迷走しました。

実際の私の業務内容を10年目を迎えたこの機会にお伝えすると

SNSや広告を運用したり、PRをしたり、SEO的な施策を考えたり
集客したリードの育成をしたり
デザインをしたり、サイトを作ったり、動画を作ったり
店舗を運営したり、外国人販売員研修をしたりしています。
最近はオンラインで日本語も教えています。

薄くしたのは読まないで大丈夫だからです(苦笑)
「デザイン”とか”してます」で今日もごにょごにょ,
ごまかしています。

10年かけて得られた肩書き

そんなこんなで周りから訳の分からないことをしていると思われながらも
10年やっていると「広報の野見山さん」って
お客様が他のお客様を紹介してくださったり

お客様の会社のホワイトボードに、うちとの打ち合わせが
「情報発信会議」と書かれているのを見たりすると
それが私の肩書きなんかなと思います。
(広報っていうとそれも違うんですけど・・)

隙間は必ずある。

必殺技も立派な肩書も身に付きませんでしたが
10年かけて少しだけ図太くなりました。

退路は断ちません。逃げ場は沢山つくりたいです。

弱者には弱者の戦略があるというか
隙間って必ずあるものです。

他の人が苦痛や面倒なことと
自分が苦でないこととマッチしたら仕事になります。

純粋なデザイナーでもない。
純粋なマーケターでもない。
純粋な広報でもない。
純粋な販売員でもない。
純粋な日本語教師でも、研修講師でもない。

それらの隙間で今日も私は仕事をしています。

フリーランスになって10年やるようになった10のこと

結局ながなが書いても、かっこいいことは言えませんが

フリーランスになって10年
やるようになったこと、変えたことはこんなことです。

・早起き
・打ち合わせがなくとも身なりを整える
・繁忙期を分散させる
・悩んだら腹筋する(考えすぎない)
・健康診断をうける
・飲み会になるべく参加しない(早起きのため)
・異業種交流会に行かない(早起きのため)
・経営者の会に入らない(早起きのため)
・応援したい人と仕事する
・必殺技を欲しがらない(成功者バイアスにふりまわされない)

何かを変えるには大きいことをするのではなく
良い習慣を継続することから。

そして11年目へ

今の私が10年前の私がなりたかった私ではないかもしれないけど

何事も、ひとつひとつ積み上げるしかありません。

積み上げたことが壊されることもあります。

心は折れても 積み上げるハードルが上がっても
でも自分が積み上げると決めて
積み上げた経験があれば また一から積み上げられます。

全ての問題がなくなった訳でも白馬の王子様が現れたわけでもないけど
でも自分を一番の味方にすることは出来た10年でした。

助けてほしいも
頼りたいも
励ましてほしいも
弱音も弱気も弱点も山盛り抱えてます。

でも、これは私の人生だから
失敗も成功も自分のせいにしたい。

今日もそんな風に思っています。

これからも宜しくお願い致します。